永観堂 京都一の紅葉名所はココ!ライトアップと見頃は?

永観堂は京都一の紅葉名所として有名な古刹です。江戸時代から「秋はもみじの永観堂」と呼ばれるほど、名だたる京都の紅葉の名所の中でもその美しさは際立っています。

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出典:京都フリー写真素材

境内は広々としていて日本庭園全域に紅葉を見ることが出来ます。例年夜間の特別拝観が行われていて、温かみのあるライトアップの光に照らされた紅葉は幽玄な雰囲気を醸し出します。庭園の放生池に紅葉が映り込む光景も美しくとても印象的です。

この時期の京都の夜は真冬並みになることがあり、手袋、マフラー、耳あてなどを持参した方がいいでしょう。特に夜間拝観までの待ち時間は長い時で1時間以上かかることもあり、凍えるような寒い思いをしたのを覚えています。

永観堂は阿弥陀堂に安置されている「みかえり阿弥陀」でも有名で、振り向いた阿弥陀如来像の姿は広く知られています。見頃は例年11月中旬~3週目ごろです。


コレを知っていればもっと楽しい永観堂

永観堂の正式名は禅林寺といい浄土宗西山禅林寺派の総本山のお寺です。853年空海の弟子・真紹(しんじょう)が藤原関雄(ふじわらのせきお)の山荘を譲り受け真言宗の道場を建てたのが始まりです。

もともとこの地は平安時代の初期の文人・歌人の藤原関雄の山荘で、その当時から紅葉の名所として有名だったようです。「おく山の 岩がき紅葉散りぬべし 照る日の光 見る時なくて」古今集に撰ばれている藤原関雄の歌です。

岩垣紅葉は今も境内に残っていてかつての面影を今に伝えています。永観堂の紅葉は平安時代からこの地に存在していたことをこの歌が証明しています。

みかえり阿弥陀

その後、平安時代中期に第7世永観(ようかん)が入寺し浄土念仏道場となりました。中興の祖・永観は、本尊阿弥陀如来像を安置する須弥壇のまわりで、ひとり日課の念仏行道を修していました。気がつくと、いつの間にか本尊の阿弥陀如来像が須弥壇から降り、永観の先に立って歩きながら念仏を唱えはじめたそうです。

それを見た永観は感動しお堂の隅に立ち止まり泣いてしまいました。歩みを止めた永観に気がつくと、阿弥陀如来は振り返り「永観おそし」と言葉を発せられたと言います。永観は、末代の衆生斉度の証拠にこの姿を永く留めておきたいと祈ると、阿弥陀如来像は振り返った姿のままになったといわれています。

永観没後、永観堂がもっとも隆盛した平安末期から鎌倉にかけては、北は鹿ヶ谷(ししだに)、西は鴨川、南は南禅寺の地を含む広大な寺域を誇っていました。その後、応仁の乱などで荒廃しましたが、豊臣秀吉徳川家康らの寄進によって徐々に寺観が整えられていきました。

臥龍廊(がりゅうろう)

永観堂の特徴で七不思議のひとつでもある臥龍廊は、御影堂(祖師堂)を中心として、本堂や開山堂などの建物間を結んで延びる長い渡り廊下で、外から見ると龍がひれ臥しているように見えることがからその名がつけられています。

国宝の山越阿弥陀図鎌倉時代の作と伝わり、その他多くの寺宝を所蔵しています。

[ここに地図が表示されます]


永観堂のホームページhttp://www.eikando.or.jp/

徒歩圏内にある南禅寺天授庵南禅院も京都を代表する紅葉の名所なので是非この機会にお立ち寄り下さい。

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