三千院 紅葉 京都が誇る紅葉の名所 見どころ情報

大原三千院は、境内のいたるところで紅葉の美しい景色を眺めることが出来ます。

まさに京都が誇る紅葉の名所中の名所です。

三千院までのアプローチ
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大原の里
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とても広いので、時間に余裕をもってゆっくりと回ることをおススメします。

往生極楽院を中心とした紅葉の風景は絶景で、三千院の紅葉のベストスポットです。

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また有清園(ゆうせいえん)や聚碧園(しゅうへきえん)の庭園の紅葉も目を見張るものがあります。

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三千院は京都市内より北に位置するので早めに見頃を迎え、例年11月中旬ごろから第3週目ぐらいにピークを迎えます。

表門前の参道には、お土産屋さんや飲食店が多く並び、茶屋の雰囲気など古都京都の情緒を感じることが出来ます。

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徒歩5分圏内に、宝泉院、実光院、来迎院、勝林院など紅葉の名所が点在します。

それぞれが独自の味わいを持つ紅葉の名所なので是非一緒に立ち寄ってみて下さい。


コレを知っていればもっと楽しい三千院

三千院は788年、最澄が比叡山延暦寺を開いた時に、東塔の南谷に自らが彫った薬師如来像を本尊とする「円融房」を建てたのが起源と伝わります。

比叡山は東塔、西塔、横川(よかわ)に分かれていて、本堂である根本中堂は東塔にあり延暦寺の中心的な場所です。

860年、清和天皇の勅願により承雲(しょううん)が東坂本(大津市坂本)の円融房に僧侶の住まいである里坊を設けました。

この里坊のかたわらに加地井という加持祈祷の際に用いられる神聖な井戸があったことから、三千院は今も「梶井門跡」と呼ばれるようになりました。

平安末期の1118年、堀川天皇の皇子の最雲(さいうん)法親王が梶井宮に入寺して以来、門跡寺院になりました。

門跡寺院とは、皇族や摂関家など身分の高い人が僧侶の主である門主となる格式の高い寺院を言います。

後に青蓮院、妙法院が門跡寺院となり、合わせて天台三門跡と呼ばれています。

これに、曼殊院、毘沙門堂(出雲寺)を加えると、天台五門跡と呼ばれる。


比叡山延暦寺は大原に以前からあった来迎院、勝林院、往生極楽院(三千院の阿弥陀堂)を管理するため、現在の三千院の地に梶井門跡の政所(まんどころ)を設置しました。

応仁の乱で焼失後は、1698年に江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって現在の上京区京都府立医科大学附属病院の辺りに寺領が与えられ洛中に移転されました。

今でもこの辺りの河原町今出川通り下ル辺りは「梶井町」の地名が住所として残っています。

明治以降は、元々別の寺院だった往生極楽院が三千院の境内に取り込まれ現在に至っています。

今ある三千院の姿は、ほんの140年ほど前からのもので、平安時代以降転々とし、主に梶井門跡などと呼ばれてきたのです。

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三千院の北側には律川が、南側には呂川が流れています。

この2つの小さな川は共に来迎院の境内の奥にある「音無の滝」を源流としています。

呂川と律川は、声明(しょうみょう)の音律にちなんでつけられた川の名前で、「ろれつ(呂律)が回らない」という例えの語源になっています。

呂と律の音律がうまく発声できないということから生まれたといわれています。

三千院のホームページ
http://www.sanzenin.or.jp/

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